目覚ましがなる前に起きる。気持ちの良い目覚め。
なぜか目が充血していたので眼鏡で大学へ。
一限目:量子論
前から5列目に座るも板書が見えずに困る。最近また視力が落ちたようだ。
クラスメイトの姿が見えたので後でノートを写させてもらうことにして、話に集中する。
黒体輻射とかエーテルとかその辺のお話。集中しきれないこともあってよくわからなかった。
この授業は評価の50%が出席で決まるので理解できなくても良くらいはとれるだろう。
授業を選ぶためにいちいち良い成績が取れそうか考えないといけないのは進振りシステムの欠点だと思う。
二限目:英語一列
必修の授業。無駄に分量が多いテキストにも慣れてきた。
ただ、テスト前にもう一度テキストを読みなおす必要がありそう。
三限目:中級英語(W)
ときどき英語力の衰え(受験期と比べ)を感じてしまう。情けない話ではある。
周りのレベルはそこそこ高そう。授業自体は楽では無いが宿題を出さない先生なので助かる。
四限目:情報科学
「プログラミングそのものよりもプログラミングを通して情報処理の手法を学ぶことを目的とする」とか言っていた気がするが
そもそもプログラミングが全く出来なければ「プログラミングを通し」ようもないよね、という段階っぽい。
二次関数の解を求めるプログラムとか書かされた。まだ貯金でついていけるレベル。
なので留学生の友達の日本語の宿題を手伝う。日本語の記事を元にプレゼンしなければいけなくて準備中なのだとか。
麻生首相の批判記事を解説するよう頼まれたのだがなかなか難しかった。俺は意外と右寄りだったのかもしれん。
五限目:数学1
他変数関数の積分について。最後30分くらいは実際に練習問題を解く時間が与えられたので良かった。
先週は90分まるまる積分の定義について語られて帰りたかった。
「厳密」という言葉の厳密な定義がよくわからない。
ε-δ 論法を用いれば高校課程の議論よりも厳密みたいな雰囲気があるのだが実際あんまり変わらないような気がする。*1
数学の証明というか論理体系は演繹的だ。
AならばB,BならばCと繋げていくので
正しい事象があって、そこから正しい推論で導かれていったすべての事柄は正しい。
ただしこの論法には弱点があって、途中でただひとつだけでも誤りや論理の飛躍があれば以後の議論はまったく信憑性を失う。
仮定が偽であるすべての命題は真とされてしまうからだ。
なので高校までは自明、という言葉を上手く使って論理の飛躍を誤魔化していた。
大学ではなんというか厳密に証明いるような振りをしているのだけれど、結局ある程度の部分を自明のこととして使っているような感じでとても気持ちが悪い。
公理系から組んで行くような厳密な証明は理学部の変態共(敬称)がやれば良いと思うし、
どうせ厳密な証明が出来ないなら直観的な説明に留めておいて、実際に方程式を解くの時間を費やしたらよいのになあとか思った。なんとなく、工学部っぽい発想だ。
*1追記 08/10/15/21:00
ε-δ論法については無限大・無限小を持ち出さずに実数範囲で扱えるという点で優れているということを思い出した。まあ極限を使うので直観的にはあんまり変わらないような気もするが数学の発展に寄与しまくってる理論ではあるっぽい。


写像は演繹的な処理だろう?
A→Bの→は写像ではないということなのかな?
修正しました。指摘thx
これから誤字見つけたらメールにするお
全体的にいまいちよくわからんだけど面白いのでこれからも書いてね:)
普通に演繹と帰納を間違えて論じるとか痛いし残念な自分自身に気づいて泣いた。
まあ間違えた痕跡がずっと残るのは残念ではあるんだけど、逆にまったく残さないっていうのはしちゃいけないとも思うしねえ。
書いてる本人もよくわかってないっぽいので大丈夫。